イントロダクション

誰もが知っている絵本画家の、誰も知らない波乱の人生。   27歳――バツイチ 家なし 職もなし。いわさきちひろ、愛と不屈の物語。

絵本画家いわさきちひろ。子どもへの愛に溢れ、ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子・著)の絵でも知られるちひろの絵は、没後38年経った今も、世代を超え愛され続けている。その絵を知らない人はいないとも言えるいわさきちひろだが、彼女の人生が波乱に満ちたものであったことは、あまり知られていない。本作は、彼女の知られざる人生に迫ったドキュメンタリー映画である。
大好きな絵の道に進みたいと思っていたちひろだったが、親の決めた望まぬ結婚をする。しかし、夫とは不幸な形で死別。戦争で家も失い、人生のドン底にいた彼女は、絵で生きる決意をする。その時、27歳。疎開先の信州から家出同然で単身上京した再出発から、運命の人・松本善明との出逢い、四面楚歌のなかでの再婚、失業中の夫を絵筆一本で支えた過酷な日々、仕事での孤立、そして病との闘いまで。映画は、その柔らかな絵からは想像できない、波乱の人生を追っていく。その中で浮き彫りになるのは、情熱的な恋に身を焦がした女性としての顔、孤立しながらも童画界を変えようと奔走した芸術家としての顔、そしてすべての子どもの未来を守ろうとした強い母としての顔だ。生前を知る人々が「ちひろは"鉄の芯棒を真綿でくるんだような人"だった」というように、どんな困難にも決して屈しなかった彼女の姿に触れたとき、私たちはその強さに驚きと感動をもらうことだろう。『いわさきちひろ~27歳の旅立ち~』は、今を生きるすべての人に贈る感動のメッセージだ。

初めて明かされるエピソード、ラブレター、貴重な原画の数々。

長男猛

「ちひろの生きる強さに、彼女の絵の印象が180度変わった」と語るのは、いわさきちひろ初のドキュメンタリー映画となる本作の監督、海南友子。エグゼクティブプロデューサーの山田洋次からちひろの壮絶な人生を聞き、衝撃を受けたという海南監督は、3年に及ぶ取材を敢行。家族さえ知らなかったエピソードや、埋もれていた夫・松本善明からのラブレターにたどり着く。また展示されたことのない若き日のデッサン、貴重な原画の数々、普段見られない美術館の裏側も見所のひとつだ。

生涯を賭けた、芸術家としてのあくなき挑戦。

独立を決意したアンデルセン童話の紙芝居から、最晩年に描いたベトナム戦争への反戦の思いを込めた絵本まで。物語絵本が中心だった時代に、子どもの心の繊細な内面を描き"感じる絵本"という新たな扉を開くなど、ちひろは生涯絵本の可能性を追求した。卓越したデッサン力、水彩の"にじみ"の技法、余白を生かした大胆な構図――。その技術、芸術性の高さ、社会的なテーマは後続のアーティストに大きな影響を与えている。 また、著作権が確立していなかった時代に、ちひろは原画の返還、作家の権利を訴えた。仕事を切られても彼女は主張を続け、童画界の著作権確立に貢献。結果として今日、絵本画家としては稀な9,400点を超える原画を残し、世界初の絵本美術館の基礎を築いたちひろの功績は大きい。1974年、享年55。「まだ、死ねない。もっと描きたい。」が最期のことばだったという。